
子供の頃、漆の木に触ってよくかぶれた。
近くに雑木林が有り、友達とチャンバラごっこしたり、
陣地を作っては遊んだ。
その頃は他に、する事がなく子供は皆、そう言う風に外で遊んだものだ。
近くに国道19号線が通っていたが、車は数えるほどしか通らなかったと思う。
皮膚が弱いのか、人より多くかぶれた、かぶれる度に母親には
『あそこで遊ぶからよ』と、怒られる。
(母親は漆の木をかぶれの木と呼んでいた、だから自然と私も
かぶれの木と呼んでいたと思う。)
そう言いながら、鍋に熱湯を沸かしそこに塩を入れ、手拭いを絞って
かぶれた処に当ててくれる。
痒いものだから、熱いけど気持ちが良かった。
押し付けるだけで、決して拭いたりはしない、拭けば痒みが増し悲惨に成るからだ。
少し温くなると自分でやらされた。
3日間くらいは痒みは引かず、酷い時はよく学校を休んだものだ。
母親も働いていたから、昼間は自分で塩湯を沸かして、痒みを止めた。
中学生になると、遊びが変わった事も有るのだろうが、かぶれなくなって
かぶれの木の事もすっかり忘れていた。
中学2年の時だと思った、学校で原因は多分かぶれの木だと、
思うが。
(学校の敷地内に古墳が有り雑木林の一画が有った)
酷くかぶれ、自分では慣れていたのでそれ程とは思わなかったが、
先生方が驚き、連絡しようにも電話がある訳でもなく、
一人で帰す訳にも行かず、町医者に連れて行ってくれた。
そこで医者の先生が、『酷いね、ペニシリン打っとくか』って
お尻に注射を打ってくれた。
そこから学校に戻ったのですが、注射の後は痒くもなく、みるみる間に
かぶれが引いて行ったのです。
びっくりしました、かぶれれば3日は痒みと痛みと闘わなければ治らなかった
と思ってましたから、
何だこれは!
医者に行けば直ぐに治るんじゃ無いか!
今までの辛い病がこんなに意図も簡単に治ることにショックを受け
母親を恨みました。
あれから半世紀、その母親も他界して8年、今はあの看病が懐かしく
愛おしい。
無知な母親でしたが、子にとって母親のする事は絶対でした、
何をされようが、絶対なのです。
今、親が子を虐待したり殺したりのニュースが流れる度、
子供はそんな親でも絶対の存在だったんだろうと思うと辛くて
辛くて…涙します。
あの頃、貧しかったけど、心は皆豊かだったと思う、何処で間違ったんだろうか。